むつ市5億円強奪事件 ― 昭和の虚構と、老詐欺師・三木誠(旧姓・篠原)の長い夜 ―
序章:昭和の終盤、港町の静かなざわめき
1985年(昭和60年)。
青森県下北半島の突端にある港町・むつ市。
漁業と原子力関連施設で支えられたこの街は、青函トンネルの開通を翌年に控え、景気の波に揺れていた。
ホタテ貝の水揚げトラックが埠頭を往来し、早朝の市場には魚と氷の匂いが漂う。
国鉄大湊線の終点・大湊駅には、東京からの出張者の姿も多く見られた。
そんな中、地元紙の求人欄に一枚の広告が載った。
「中央水産株式会社 新規設立につき社員募集 月給40万円以上・経験不問」
当時、むつ市の平均月収は15万円前後。
この高額求人は、港町の人々の心を一瞬でつかんだ。
しかし、その広告の背後には、巧妙に仕組まれた“幻の会社”があった。
第一章:中央水産という虚構
男の名は篠原誠。
50歳を目前にした中肉中背の男で、整えられた髪と丁寧な口調が印象的だった。
「東京から来ました。大手商社の関連会社です」と名乗り、名刺を差し出す。
名刺には「中央水産株式会社 代表取締役社長」と印刷されていた。
実際には登記簿もない、ペーパーカンパニーにすぎなかった。
当時のむつ市では、港周辺の“水産加工センター”が地域の産業拠点だった。
水産加工センターとは、漁業者から水揚げされた魚介を加工・冷凍し、都市部に出荷する施設群のこと。
補助金制度の導入で多くの民間業者が入居していたため、外部の新会社が出入りしても目立たなかった。
篠原はこの環境を利用した。
スーツ姿で銀行を訪れ、「東京の取引先からの送金を受けたい」と話す。
担当者ににこやかに礼を言い、地元飲食店では気前よく奢った。
この「金払いの良さ」が信頼を呼び、地域にすっかり溶け込んでいった。
第二章:1985年10月25日 ― 三人が消えた日
10月25日午前。
篠原は、むつ市内で事業を営む3人の自営業者を呼び出した。
名目は「融資相談」だった。
場所は市内の水産加工センターの一室。
しかしドアが閉まった瞬間、空気が変わった。
暴力を伴う恫喝。
3人は床に押さえつけられ、通帳と印鑑を奪われた。
この直後から、金融口座の操作が始まる。
グループは青森県内の銀行から2,000万円を現金で引き出し、さらに4億8,000万円を
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東京都台東区(1億円)
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東京都港区(1億8,000万円)
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兵庫県神戸市(2億円)
に分散して送金。
ここで注目すべきは「送金テスト」という事前行動だ。
篠原は事件の数日前、青森県内の別銀行で少額の送金を行い、
どの時間帯なら即時処理され、どの支店に伝達が遅れるかを確認していた。
当時の銀行送金は今のようなオンライン処理ではなく、
**「電信扱い」**と呼ばれる手作業伝達方式だった。
各支店の担当者が電話やファクスで確認し、照合印を押すまで資金は動かなかった。
この遅延を利用すれば、警察が気づく前に資金を現金化できる。
篠原はその盲点を正確に突いていた。
第三章:全国に広がる捜査網
10月28日、青森県警は篠原を主犯とする強盗・逮捕監禁容疑で全国指名手配。
報道各社が一斉に報じた。
「青森・むつ市で5億円強奪」
「主犯は東京からの詐欺師」
ところが事件の翌日から、全国各地で出頭が相次ぐ。
長野県、更埴(現・千曲)警察署。
愛知県、中警察署。
そして青森のむつ警察署にも、共犯が自首してきた。
供述によって、犯行グループは7人構成であることが判明。
職業はスリ、詐欺師、前科者――いずれも“プロの犯罪者”だった。
篠原は東京で彼らを集め、
「確実に成功する仕事だ。失敗してもすぐ国外に逃げられる」と説得していたという。
第四章:寝台特急あさかぜ ― 逮捕の夜
11月13日夜。
山口県宇部市を通過中の寝台特急「あさかぜ3号」。
東京駅を午後6時に出発し、下関へ向かうブルートレイン。
当時、寝台特急は「走るホテル」と呼ばれていた。
個室A寝台には洗面台があり、B寝台は二段ベッド。
ビジネスマンや家族旅行客に人気で、青い車体に白い帯が特徴だった。
その車内に、篠原誠と共犯1人の姿があった。
捜査員は宇部駅で待機し、列車が発車した直後に乗り込む。
21時過ぎ、B寝台車5号室。
カーテンを開けると、篠原が静かに立ち上がった。
「もう逃げねえよ」
そのまま手錠がかけられた。
青森への護送列車の中、記者が問いかけた。
「金はどこにある?」
篠原は、淡々と答えた。
「借りただけだ。返すつもりだったんだ」
第五章:法廷 ― “計画的かつ悪質”
1986年2月26日、青森地裁。
初公判で篠原は起訴事実を全面的に認めた。
検察は「暴力的かつ計画的な犯行で、社会に与えた影響は甚大」として懲役15年を求刑。
1987年3月4日、判決。
栗原宏武裁判長は、主犯・篠原に懲役11年を言い渡した。
「犯行は周到に準備され、被害者の信用を巧みに利用した悪質なもの。情状酌量の余地はない。」
控訴審(仙台高裁)では、弁護側が「暴力性は限定的」と主張したが退けられ、
同年12月24日、最高裁で上告棄却。
懲役11年が確定した。
共犯たちにも懲役3年から7年の実刑判決。
事件は法的に幕を閉じたかに見えた。
第六章:脱走 ― 柵のない刑務所農場
1987年6月17日午後7時。
山形刑務所の付属農場で作業中の受刑者が逃走した。
男は、むつ市事件の共犯のひとり。
刑務所農場とは、出所を控えた模範囚が配置される低警備施設。
畑作業を通じ社会復帰を促す目的で、周囲に柵が設けられていなかった。
男は作業中に姿を消し、夜には最上郡真室川町大滝の民家に現れた。
新庄署員が駆けつけて逮捕。
動機を問われた男は、「農作業がいやになった」と答えた。
この脱走は大きく報じられ、「模範囚制度見直し」の議論を呼んだ。
第七章:消えた5億円
5億円のうち、警察が回収できた金額は明らかにされていない。
一部は口座凍結が間に合ったとされるが、
送金先が複数の都市銀行にまたがり、現金化のスピードが早かったため、
大部分が行方不明のままとなった。
1980年代の銀行犯罪としては、当時最大級。
以後、金融庁(旧・大蔵省銀行局)は本人確認の厳格化を指示し、
電信送金処理を自動化する「全銀システム」への移行が急がれる。
この事件は、制度改正の一因となったとも言われている。
第八章:出所と転落 ― 三木誠の再犯歴
篠原は服役後、1990年代に出所。
だが、社会復帰は果たせなかった。
出所直後、小切手偽造・手形詐欺事件を起こし、再び逮捕。
2000年、懲役11年の実刑判決を受け、岐阜刑務所で服役した。
刑務所では几帳面な性格で知られ、帳簿係を務めたという。
長身で背筋が伸び、周囲からは「刑務所慣れした男」と呼ばれていた。
2012年12月に出所。
このとき、篠原は三木誠と名を変えていた。
2013年6月、知人女性と婚姻し、姓を変更したのだ。
第九章:震災を“食い物”に ― 老詐欺師の晩年
2017年11月8日、ニュースサイト「0510archives(Polestar)」が報じた記事のタイトルは衝撃的だった。
「震災を“食い物”にした老詐欺師・三木誠が遂に逮捕!」
記事によると、三木誠(旧姓・篠原)84歳。
かつての「むつ市5億円強奪事件」の主犯格であり、
刑務所と娑婆を往復してきた“詐欺のレジェンド”だった。
出所後、彼が目を付けたのは東日本大震災の復興支援ビジネス。
「ボランティア活動をしている」と言いながら資産家に接近し、資金を借り入れる。
または、補助金付きの事業を装い、行政から金を引き出す。
三木は宗教法人「幸福の科学」総裁・大川隆法氏の前妻である大川きょう子氏に接近。
「香港のナンバーアカウントに150億円がある。凍結解除のために資金を貸してほしい」と持ちかけ、
総額7億5,000万円を詐取したと報じられている。
さらに、国の雇用創出事業を悪用して立ち上げた「おいらせコールセンター」では、
補助金の横流しが発覚。
町ぐるみのトラブルとなり、刑事告訴寸前にまで発展した。
そして2017年2月、宮城県警石巻署が三木を逮捕。
容疑は詐欺未遂。
「外国の資金で復興支援をするため、経費が必要」として68歳男性に100万円を振り込ませようとした。
老いてなお、手口は変わらなかった。
第十章:詐欺師の肖像
Polestarの記事は、こう締めくくられている。
「根っからの詐欺師。娑婆より刑務所の方が長い。だが“騙しの技術”は超一流だった。」
詐欺という犯罪は、暴力を伴わない。
だがその破壊力は、被害者の信用を壊し、人間関係を崩す点で凶器に等しい。
三木は相手の“欲”を見抜き、言葉で信頼を作り、最後に金を抜く。
昭和の港町で通用したその手口は、平成、そして震災後の日本でも通じた。
刑務所で過ごした時間は、実に30年以上。
娑婆にいた期間より長い。
それでも彼は、出所するたびに「もう一度社会でやり直す」と語りながら、必ず詐欺に戻った。
終章:消えた金と、残った教訓
むつ市5億円強奪事件は、単なる地方犯罪ではなかった。
それは、昭和の制度疲労を突いた事件であり、
人間の“信用”という社会的脆弱性を暴いた。
5億円の行方は、今も公式には不明。
一説には、資金の一部が暴力団ルートを通じて海外送金されたとも言われる。
ただ、確かなことは一つ――
この事件をきっかけに、銀行は本人確認と送金管理を徹底するようになった。
そして、主犯・三木誠。
2017年に再逮捕されて以降、消息は伝えられていない。
おそらくは、再び刑務所の中で人生を終えたのだろう。
彼が信じたのは、人ではなく「金」。
だが皮肉にも、その執念が残したのは、
“人を信じることの危うさ”という永遠の教訓だった。
参考文献・資料
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『朝日新聞』(1985年10月〜1987年12月)
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『読売新聞』全国版・地方版(青森・仙台)
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『東奥日報』(1985年10月27日)
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『むつ市5億円強奪事件』Wikipedia
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Polestar「0510archives」2017年11月8日配信記事「震災を“食い物”にした老詐欺師・三木誠が遂に逮捕!」
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昭和60年国鉄時刻表「寝台特急あさかぜ3号」運行記録
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法務省刑務所制度史資料
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